大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

盛岡地方裁判所花巻支部 昭和51年(ワ)20号 判決 1977年10月17日

原告 斎藤ケサヨ 外三名

被告 新川簗組合 外一名

主文

一、被告大石亀美雄、同菅野幸治は、連帯して原告斎藤ケサヨに対し金八六万二、一一九円、原告斎藤純子、同斎藤充春に対しいずれも金四三万一、〇五九円、原告菅野イチに対し金二五六万六、一六〇円、および原告斎藤ケサヨに対し内金七八万四、一一九円、原告斎藤純子、同斎藤充春に対しいずれも内金三九万二、〇五九円、原告菅野イチに対し内金二三三万三、一六〇円に対する昭和四七年九月一八日から各完済にいたるまで年五分の割合による各金員を支払え。

二、原告らの同被告らに対するその余の請求を棄却する。

三、原告らの被告新川簗組合に対する請求を却下する。

四、原告らの被告薄衣常三、同猿館哲郎、同藤村貞蔵、同多田年慶、同藤根五六、同平野正三、同薄衣胤曹、同国に対する請求をいずれも棄却する。

五、訴訟費用は原告らと被告大石亀美雄、同菅野幸治との間で生じた分は四分し、その一を同被告らの、その余を原告らの負担とし、原告らとその余の被告らとの間で生じた分は原告らの負担とする。

六、この判決は仮に執行することができる。

事  実 <省略>

理由

第一、被告新川簗組合に対する請求について

被告大石亀美雄、同菅野幸治、同薄衣常三各本人尋問の結果によると、被告新川簗組合は、そのような名称の人々の集りとしては数年前から存在し、その人々は「組合員」と呼ばれ、その代表者に被告薄衣(常)があたり「組合長」と呼ばれているが、規約とか組合員名簿もなく、その運営の実体は毎年七月に東和町内に居住する鮎取りの好きな者達が集まつて経費を出し合つて簗をつくり、鮎を取つて持ち帰るか、または顧客に食べさせて利益を得、シーズンが終れば皆が集まつて会合を開いて利益の配分や欠損の穴埋めをするというもので対外的に組合としての団体性にもとづいて取引活動することもなく、年々組合員にも異動があり、組合としての独立の資金も財産もないということが認められることから、結局被告組合は組合員らの人的関係から独立した社団性に乏しく、いまだ訴訟上当事者能力を認められるほどの実体を有しているとは解されないので民訴法四六条の適用はなく、原告らの被告組合に対する本件訴は不適法として却下されるべきである。

第二、被告薄衣胤曹に対する請求について

本件全証拠によつても同被告が被告組合の組合員であるということが認められず、また同被告が本件事故に何らかの意味で関与したということも認められないので、同被告に対する原告らの請求は理由がないから棄却されるべきである。

第三、被告薄衣(常)同猿館、同藤村、同多田、同藤根、同平野、同大石、同菅野に対する請求について

一、保護義務違反の主張(請求原因3)について

被告薄衣らが原告主張どおりの簗場を築造していたこと、昭和四七年九月一七日午前六時ごろ訴外佐々木八太郎、同菅野保三は被告大石、同菅野、訴外多田雄吾、同多田昭雄らと共に簗の修理作業に従事中、原告主張どおりの事故のため、右八太郎と保三は多田雄吾と共に水死したこと、当時猿ケ石川が増水し、簗の修理作業が危険な状態にあつたこと、八太郎と保三の当時の収入が原告主張どおりであつたこと、原告らの被告薄衣ら(被告胤曹も含む)に対する調停が原告主張どおり申立てられ、そして不調に終つたことについては当事者間に争いがない。

成立に争いのない甲第一、二、三、四号証、乙第一、二号証の各一、二、証人多田昭雄の証言、原告斎藤ケサヨ、被告大石亀美雄、同菅野幸治、同薄衣常三各本人尋問の結果によれば次の事実が認められる。即ち、佐々木八太郎、菅野保三、多田雄吾およびその子昭雄は被告組合の組合員ではなかつたが、本件事故の前日の九月一六日夕方八太郎と保三が昭雄とともにきゆうり選果場で働いていたところ、雄吾が来て「台風で水が出てるいので簗のすのこを抜かなければならないから手伝つてくれ」といつたので、右三名は雄吾とともに本件簗場に赴いた。簗場には被告菅野、同平野、同大石らが集まり、同日午後六時ごろ被告菅野、同平野、同大石のほか八太郎、保三、昭雄、雄吾の七名で簗のすのこを抜く作業を行なつた。まもなく被告薄衣(常)が来たが、当時台風一二号の接近で風雨が激しく川も通常の二倍ぐらいに増水していたので、被告薄衣(常)は被告大石らに「危いから作業をやめろ」と注意したので、皆作業をやめた。被告薄衣(常)は猿ケ石川の上流にある発電所に電話しダムの放流をするか否かを尋ねたところ、「放流する」ということだつたので、同被告は更に簗の作業の危険なことを悟り、簗場の番屋で食事をとつた後、その旨皆に告げ、「自分が残つているから皆家へ帰れ」といつたので、被告大石、同菅野だけが残り、その余の者は帰宅した。しかし、そのうち八太郎、保三、雄吾、昭雄の四名はぬれた衣服の着替えをして夜中に再び簗場に戻り、一七日午前二時ごろ被告大石、同菅野、八太郎、保三、雄吾、昭雄の六名が再びすのこを抜く作業にとりかかつたが、被告薄衣(常)から「危いからやめろ」と強くいわれてそれらの者も作業をやめた。そのうち猿ケ石川の増水が更にひどくなり通常の三倍ぐらいになり、このままでは簗全体が倒壊する虞れが生じたので簗のすのこを抜いて水はけをよくして簗の倒壊を防ぐ必要性が増大した半面、右作業中にも簗が倒壊し、作業中の者が水中に転落する危険性も増大した。また簗はすのこを抜いて水はけをよくすることができないくらい水量が増大した場合には自然に倒壊して流され、水の滞溜をふせぎ護岸に支障の生じないような構造を備えるべきであるとされている。一七日午前六時ごろ被告薄衣(常)が右番屋の中でまだ就寝中に被告大石、同菅野、雄吾、昭雄、八太郎、保三の六名が待機中の右番屋を出て、簗にのぼりすのこを抜く作業にとりかかつたが、その際右の者らの服装は、被告大石は毛糸のシヤツとパンツにわらじ履き、被告菅野は毛糸のセーターに短いカツパとパンツにわらじ履き、雄吾は普通のズボンにカツパ、股まで届く長いゴム長靴履き、保三は右雄吾とほぼ同じ服装でゴム長靴の膝の下あたりを紐で結んでいた、八太郎は胸までくる胴付長靴腹き、昭雄は股までくる長靴を履き、シヤツの上にカツパを着て繩で結んでいたなどであつた。被告薄衣(常)はまもなく起床し皆が作業を始めたことに気付き、すぐ簗場に行き、簗の端で作業中の者に「危険だからやめろ」と大声で叫んだが、増大した水流の音にかき消され作業中の者には殆ど聞こえなかつたが、作業中の者も被告薄衣(常)が作業をやめるように叫んでいるということに大体気付いたけれども皆それを無視して作業を続けていた。その後間もなく簗の尻掛(すのこを支える横木)とざまた(すのこを支える縦木)が水圧により折れて簗が倒壊し、作業中の者ら全員が水中に転落し、被告薄衣(常)だけは簗の一部につかまつて辛じて水中への転落を免れた。水中に転落した者のうち被告大石、同菅野、昭雄の三名は岸に泳ぎついて助かつたが、八太郎、保三、雄吾の三名は水死した。被告薄衣らは右死亡した三名の葬儀費用を全額負担し、見舞金として一人当り三五万円を贈つた。当時八太郎は五一才、保三は四七才でいずれも健康な男子で一家の支柱であつて、土方の手間取りをして生計を維持し、その相続人は八太郎は妻である原告ケサヨ、子である原告純子、同充春であり、なおその外に先妻の子二人があり、保三は母である原告イチ一人である。以上の事実を認めることができる。

そこで、右事実関係にてらし、八太郎、保三、雄吾および昭雄が組合員でもないのに何故簗の作業に従事するにいたつたかという点について検討する。雄吾が自ら組合員でないのに何故わざわざ自分の息子のほか他人二人を誘つて簗の仕事をさせようとしたのか本件証拠上必ずしも明らかではない。また一六日夕方の一回目の作業には、雄吾、昭雄、八太郎、保三ら非組合員のほか組合員である被告大石、同菅野、同平野も一緒に従事したのであるが、この際組合員である被告大石らから八太郎ら非組合員に対し明示的に作業をしてくれるよう依頼があつたということも本件証拠上認め難い。しかし、同被告らから雄吾らに対し「組合員でないから作業をしなくてもよい」とか「作業をするな」と命ずるなど同人らに作業させないようにするための何らかの言動に出た形跡はなく、また被告大石ら組合員としても、当時一人でも多くの作業員を緊急に必要とする状況にあつたのだから、八太郎ら非組合員が急拠駈けつけてくれたことにむしろ感謝して作業を手伝つてもらつたものとみるべきであつて、これをもつて組合員の依頼がないのに全く自発的に八太郎らが作業に参加したものと解すべきではなく、被告大石、同菅野、同平野ら組合員から八太郎ら非組合員に対し作業をしてくれるよう黙示的な依頼があり、それにもとづいて八太郎らが作業に従事したものと解するのが相当である。このことは、被告薄衣ら組合員も八太郎ら非組合員もともに東和町内に居住する親しい仲間であることから、このような簗の倒壊の虞れがあるというような緊急な場合には、組合員からことさら「手伝つてくれ」という明示の意思表示がなくても非組合員らも作業を手伝うのが通常であるとも考えられ、本件のように組合員と非組合員が一緒に作業をした場合には、当然彼らの間には黙示のうちに作業依頼の意思表示とそれを受諾する旨の意思表示があつたものと解されるのである。そうすれば一六日夕方の時点において被告大石、同菅野、同平野と八太郎、保三、雄吾、昭雄との間で何らかの意味の労務供給契約が締結されたものと解すべきである。しかし、原告らが主張するように被告組合または被告薄衣ら組合員全員と八太郎らとの間で右の意味の契約が成立したと解するのは、被告大石らが組合の代表的地位にあるわけでもなく、また多くの組合員が現場におらず右作業状況について全く関知していなかつたことから妥当ではなく、右契約はあくまで被告大石、同菅野、同平野と八太郎らとの間で締結されたものであつて、他に被告組合またはその余の組合員には効果をおよぼすものではないというべきである。そして、被告薄衣(常)が「危険だから作業しないように」と注意した後においても、被告大石や八太郎らがそれを無視し、作業を継続するという意思を持ち続け、二回目、三回目の作業を行なつたのであるから、右の契約関係は依然として継続していたものとみるべきである。被告薄衣らは、被告薄衣(常)が注意したにもかかわらず八太郎らが作業を行なつたのであるから被告組合または被告薄衣ら組合員と八太郎らとの間に雇用契約等の法律関係が成立するということは考えられないと主張するが、前叙のような被告組合の実態にてらせば被告組合にかかわる第三者との法律関係は、被告薄衣ら組合員ひとりひとりの間に対等に成立し、組合員ひとりひとりが第三者に対し権利義務の関係に立つのであつて、被告薄衣(常)のみがその関係に立つわけではない。従つて被告薄衣(常)がいかに八太郎らとの間で労務供給の契約関係に立つことを拒絶したとしても、それは同被告ひとりの問題であつて、そのために被告大石、同菅野らが八太郎らに対する労務供給契約を破棄するという意思表示に出ない限り右関係は消滅しないというべきであり、被告大石、同菅野らが二回目三回目の作業につき明示的には勿論黙示的にも八太郎らの就労を拒絶するような言動に出たという形跡のない本件においては、本件事故時の作業においても前叙のように依然として被告大石、同菅野らと八太郎らとの労務供給契約関係は存続していたものと解するのが相当である。しかし被告平野は一回目の作業後帰宅し、その後本件事故時まで簗場に戻らず、結局本件事故時現場にいなかつたのであるから同被告と八太郎らの右契約関係は合意解除により消滅したものというべきである。また被告薄衣(常)については、前叙の事実にてらしても八太郎らとの間でいかなる意味においても労務供給契約が締結されたということができない。

そこで、本件事故に際しての被告大石、同菅野と八太郎、保三、雄吾、昭雄との右の意味の労務供給契約の性質であるが、右契約は原告ら主張のとおり雇用であるか否かは報酬の定めが明らかでないことから直ちに断定はし難く、また準委任であるかも必ずしも明らかではない。しかし、それらの典型契約に準じた非典型契約であることは明らかであつて、この場合においても被告大石、同菅野は八太郎らの労務供給を受領する者(実質的な使用者)として八太郎らがその労務供給の過程において生命や健康をそこなうことのないよう物的環境を整備することは勿論、場合によつてはその労務供給を一時中止させるとか、あるいは仮に損害が生ずるとしてもそれを最少限度におさえるとかの配慮をすべき義務即ち雇用契約における使用者の労務者に対する保護義務あるいは委任契約における受任者に対する委任者の義務(民法六五〇条三項)に準じた義務を負うものと解するのが相当である。そこで当時の同被告らの行動をみると、同被告らは、八太郎ら非組合員四名と一七日午前二時ごろから午前六時ごろまで簗場の番屋に共に居て、同時刻頃同人らと同時に作業にとりかかつたこと、川の水量が昨夜より更に増加していたこと、被告薄衣(常)から昨夜より再三にわたり「危険だから作業をしないように」と命じられていたこと、八太郎らのごとく胴付長靴などを身につけて作業をすることはきわめて危険であるということを知つていたこと等の情況から判断すれば、被告大石、同菅野は、八太郎らの右労務供給契約上の実質的な使用者として同人らの行為を中止させようと思えば容易にこれをなし得、また同人らの服装を替えさせるなどその損害の発生を最少限度に喰い止めることができたのに何らそれらの措置をとらなかつたものというべきであつて、右の不作為は、結局同被告らが過失により前叙の意味の使用者の保護義務もしくは委任者の義務に準じた契約上の義務に違反した行為であるというべきであり、それによつて生じた八太郎らの後記損害を賠償する責に任ずべきであるということになる。

二、瑕疵ある工作物の設置の主張(請求原因4)について

前叙のように本件のごとき河川に設置される工作物はそのために水流が徒らに滞留して河岸を侵害することのないように一定の水量に達したら自然に倒壊すべき構造をとるべきものなので、本件時におけるような水量において、簗の尻掛とざまたが折れたため簗が倒壊したことをもつて工作物の瑕疵とは到底断定できない。

三、損害<省略>

四、消滅時効<省略>

第四、国に対する請求<省略>

第五、結論<省略>

(裁判官 穴沢成巳)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例